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今富佐へようこそご挨拶

琵琶湖のほとりにある

堅田漁師の家

「今富佐(いまふさ)」

平安時代から漁業と水運で栄えた

近江八景「堅田の落雁」で知られる

歴史ある湖畔の町

松尾芭蕉も数回この地を訪れ

「海士(あま)の屋(や)は小海老にまじるいとど哉(かな)」

など名句を残しました

京都駅から電車で約二十分

京・近江観光の拠点として

ご利用ください

お部屋心安らぐ和の空間

和室

宿泊
素泊まり、1日1組2名様限定
面積
和室二間26.89㎡(床の間など含む)
期間
3月1日〜11月30日(8月12日〜同18日は不可)
民泊届出番号
第M250052149号

(1)俳句てふてふプレミアム会員(特別割引)

  • 1泊2名:税込9,900円(1人あたり4,950円)
  • 当サイトの「ご予約」からお申込みください
  • アプリ「俳句てふてふ」 https://tehutehu.com/

(2)上記会員以外の一般申込み(通常料金)

  • 民泊プラットフォーム「Airbnb(エアビーアンドビー)」からお申込みください
  • 1泊2名:税込15,400円〜(1人あたり7,700円〜、曜日などにより変動)
  • エアビー https://www.airbnb.jp/

客室設備

Wi-Fi、エアコン、ソファ、小型冷蔵庫、扇風機、テレビ、貴重品保管庫、ケトル、エアマットレス、敷布団、掛布団、枕ほか *和室二間には内鍵が付いています

アメニティー

バスタオル、フェイスタオル、ドライヤー、歯ブラシ(使い捨て)、ボディウォッシュタオル(同)、ボディーソープ(同)、シャンプー(同)、リンス(同) *寝巻き(浴衣、部屋着)は用意しておりません

共用設備

台所(電子レンジ、トースターなど)、浴室(シャワー室・脱衣所)、トイレ(ウォシュレット) *家主、家人との共用となります*脱衣所には内鍵が付いています

その他

  • 素泊まりのため、食事の提供はありません(持ち込み可)
  • 1階の洋室と2階全室は家人専用スペースとなります
  • 当宿は消防署の検査を受けた消防法令適合建物です
  • 建物外に防犯カメラがあります
  • 連泊不可、建物内禁煙です

庭ゆったりとした時間を過ごす

名所をめぐる周辺観光

南
近江八景・堅田の落雁徒歩約10分

浮御堂

浮御堂の正式名は海門山満月寺(臨済宗大徳寺派)。平安時代に比叡山横川の恵心僧都源信が湖上交通の安全と人々の救済を願って建てたとされる。境内には松尾芭蕉の句碑「鎖明けて月さし入れよ浮御堂」や阿波野青畝の句碑「さみだれのあまだればかり浮御堂」などがある。湖中(写真左)にも高浜虚子の句碑「湖も此の辺にして鳥渡る」がある。拝観料300円

南
公園・文学徒歩約8分

十六夜公園

松尾芭蕉は湖南の膳所(ぜぜ)から友人と舟に乗って堅田に赴き宴を催した。このとき「やすやすと出でていさよふ月の雲」「十六夜や海老煮るほどの宵の闇」などの句を詠んでいる。公園内にある「堅田十六夜の弁」の碑には、芭蕉が浮御堂で十六夜の月を愛でたときの様子が記されている

南
神社徒歩約9分

伊豆神社

堅田大宮とも呼ばれる堅田衆の総本宮。892 年、諸国行脚していた叡山の法性坊尊意僧正が御神託により伊豆国(静岡県)の三嶋明神(伊豆大権現)を勧請して創建した。947 年には山城加茂大神(神田大明神)も勧請され、2神を祀る。中世の堅田は延暦寺の荘園であるとともに下鴨神社の御厨(みくりや)=神領=でもあった。伊豆権現は延暦寺の荘園になったとき、神田明神は下鴨神社の御厨になったときに勧請された。室町時代には同神社を中心に惣(自治組織)が発達、政(まつりごと)は殿原衆、全人(まとうど)衆による合議で運営された

南
寺院(臨済宗大徳寺派)徒歩約8分

祥瑞寺

開山は臨済宗の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)。当時は禅興庵といい、一休宗純が22 歳から34歳まで修行した。一休は親しい漁師に借りた舟の中で座禅を組み、闇夜に轟く鴉の一声で悟りを得たとされる。元禄3(1690)年には芭蕉も訪れており、「朝茶飲む僧静かなり菊の花」の句を残した。近江の句を多く詠んだ森澄雄(俳句結社「杉」主宰、2010年没)の句碑「秋の淡海(あふみ)かすみ誰にもたよりせず」もある。境内散策は無料だが、本堂、開山堂の見学は要予約・有料(400円)

南
寺院(西本願寺)徒歩約11分

本福寺

本願寺8世で浄土真宗の中興の祖といわれる蓮如ゆかりの寺院(本願寺派)。山号は夕陽山。延暦寺によって京都・大谷本願寺を破却(寛正の法難)された蓮如は、堅田の本福寺などに移り、堅田門徒の支援を受けながら宗派の再興を図る。第11世住職の明式(みょうしき)は芭蕉の門人で俳号を千那といった。境内には芭蕉の句碑「病雁の夜寒に落ちて旅寝かな」「からさきの松は花よりおぼろにて」のほか、千那の句碑「しぐれ来や並びかねたる魦舟(いさざぶね)」などがある。境内の散策は無料

南
寺院(東本願寺)徒歩約9分

光徳寺

漁夫、源兵衛父子の殉教物語「堅田源兵衛の首」が残る真宗大谷派の寺院。父子殉教の像と髑髏がある。寺伝によると、蓮如が三井寺(園城寺)に預けていた宗祖・親鸞の像を受け取りに行ったとき、三井寺は返して欲しければ人の生首を二つ持ってくるよう難題を突き付けた。その話を聞いた源兵衛が命を投げ出し、父の源右衛門が息子の首を刎ねたという。その後、源右衛門は息子の首を三井寺に持参し、自らの首もこの場で刎ねよと述べて相手を驚かせ、親鸞像を取り戻したという。境内散策は無料

南
湖岸徒歩約11分

おとせの浜

平安時代末期に起きた平清盛と源義朝(頼朝の父)の争い「平治の乱」(1159年)で敗れた源家の白旗を守り抜いた女性おとせの民話が残る。京の源家に仕えていたおとせは、乱による主家滅亡後、旗を持って故郷の堅田へ逃れたが、平家の武者に追われて旗とともに入水。十数年後、漁師となった息子が旗を握った片腕を釣り上げ、浜辺に埋葬したと伝わる。以来、この浜辺は「おとせの浜」と呼ばれるようになった

北
橋・展望台徒歩約20分

琵琶湖大橋

湖の最狭部(約1.3キロ)に架かる琵琶湖大橋は、湖東と湖西を結ぶ幹線道として1964年に2車線で供用が開始された。その後1994年に新橋が造られ、現在は2橋4車線で運用されている。湖東から大橋を通過すると湖西を南北に貫く県道558号(北国海道、2車線)と国道161号(湖西道路、4車線)に接続する

南
庭園徒歩約4分

居初氏庭園(天然図画亭)

居初(いそめ)家の庭園と書院は、天然図画亭(てんねんずえてい)と呼ばれる(国指定名勝、見学は要予約・有料)。江戸時代初期の茶人、藤村庸軒(利休の孫・千宗旦の高弟)と料理の幽庵焼きで知られる堅田郷士、北村幽安(幽庵、祐庵)が協力して作った。小林一茶も訪れたことがあり、「湖(うみ)よ松それから寿々(すす)み始むべき」などと詠んでいる

北東
灯台・文化財徒歩約11分

出島灯台

琵琶湖唯一の灯台(高床形式、高さ8m)。現存の灯台としては珍しい木製で明治初期に作られた。大津市有形民俗文化財。今堅田にあり、地元では出島(でけじま)灯台と呼んでいる

南
資料館徒歩約11分(水曜休館)

湖族の郷資料館

堅田の歴史資料や昔の漁具などを展示するNPO法人運営の資料館。入館料1人200円・高校生以下無料(2026年9月現在)。開館時間午前10時〜午後4時。水曜休館。レンタサイクルあり

南
史跡徒歩約11分

宝井其角の寓居跡

豪放磊落な性格で、松尾芭蕉の一番弟子といわれた宝井其角の寓居跡。其角は江戸生まれだが、父が堅田の出身。父は江戸で膳所藩(大津市膳所地区)本多家の御典医を務めていた。堅田に遊んだときの句に「蓬莱にあふみ(近江)の婆々や雪の松」などがある。句中の「蓬莱」は比良山系にある蓬莱山(1,174m)のことで、山頂付近は現在「びわ湖バレイ」として整備されている

北
道の駅・買い物徒歩約20分

道の駅 びわ湖大橋米プラザ

琵琶湖大橋西詰にある道の駅。滋賀県全域の生産者から仕入れた生鮮品などが並ぶ直売所をはじめ、レストラン、お土産店、コミュニティルームなどがある。営業時間は午前9時〜午後6時

南
文学徒歩7〜9分

文学碑

町内には三島由紀夫の『絹と明察』や城山三郎の『一歩の距離』などの文学碑も。また、碑はないものの、他に堅田が出てくる文学作品には、吉川英治の『新・平家物語』、水上勉の『一休』、五木寛之の『蓮如』、司馬遼太郎の『妖怪』などがある

東
句碑徒歩約3分

芭蕉句碑(漁港ほか)

堅田漁港にある芭蕉の句碑。「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」とある。海士の屋は漁師の家、いとどはコオロギの一種(秋の季語)。芭蕉は漁師町の日常を鮮やかに詠んだ。他に「病雁の夜寒に落ちて旅寝かな」「からさきの松は花よりおぼろにて」(以上、本福寺)、「朝茶飲む僧静かなり菊の花」(祥瑞寺)、「鎖明けて月さし入れよ浮御堂」「比良三上雪さしわたせ鷺の橋」(以上、浮御堂)の芭蕉句碑のほか、宝井其角、三上千那、内藤丈草、高浜虚子、大谷句仏、阿波野青畝、森澄雄らの句碑がある

堅田の風景

湖上から見る浮御堂と比叡山
東

湖上から見る浮御堂と比叡山

琵琶湖大橋から南西(堅田の町)を望む
北

琵琶湖大橋から南西(堅田の町)を望む

◎徒歩約23分
大橋から北を望む。中央は沖島
北

大橋から北を望む。中央は沖島

◎徒歩24分
大橋から北西(比良山地)を望む
北

大橋から北西(比良山地)を望む

◎徒歩24分
早朝の湖岸は静かなたたずまい。中央は三上山
南

早朝の湖岸は静かなたたずまい。中央は三上山

◎徒歩9分
天然図画亭での月見の会。月が上り始める
南

天然図画亭での月見の会。月が上り始める

◎徒歩約4分
月見の会。月光が湖を照らす
南

月見の会。月光が湖を照らす

◎徒歩約4分
堅田漁港。江戸時代、諸浦の親郷と呼ばれた
東

堅田漁港。江戸時代、諸浦の親郷と呼ばれた

◎徒歩3分
堅田漁港の夜空を彩る8月の花火
東

堅田漁港の夜空を彩る8月の花火

◎徒歩3分
野神神社。南北朝時代の武将、新田義貞の妻、勾当内侍を祀る。北陸に赴く義貞と当地で別れた内侍は、義貞の戦死を知り湖に身を投げたとされる
北

野神神社。南北朝時代の武将、新田義貞の妻、勾当内侍を祀る。北陸に赴く義貞と当地で別れた内侍は、義貞の戦死を知り湖に身を投げたとされる

◎徒歩13分
キリスト教伝道者、実業家、建築家として有名な米国人、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手掛けた日本基督教団堅田教会
南西

キリスト教伝道者、実業家、建築家として有名な米国人、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手掛けた日本基督教団堅田教会

◎徒歩約10分
真野の入江の碑。「うづら鳴く真野の入江のはまかぜに尾花なみよる秋のゆふぐれ」(源俊頼)などと和歌にしばしば詠まれた
北西

真野の入江の碑。「うづら鳴く真野の入江のはまかぜに尾花なみよる秋のゆふぐれ」(源俊頼)などと和歌にしばしば詠まれた

◎徒歩約35分
内湖公園「月影広場」。公園名は新田義貞が内侍に贈った歌「わが袖の泪に宿る影とだにしらで雲井の月やすむらん」にちなむ
北

内湖公園「月影広場」。公園名は新田義貞が内侍に贈った歌「わが袖の泪に宿る影とだにしらで雲井の月やすむらん」にちなむ

◎徒歩4分
「月影広場」横の内湖大橋。奥は比叡の山並み
北

「月影広場」横の内湖大橋。奥は比叡の山並み

◎徒歩約4分
「月影広場」から北西を望む。奥は比良山地
北

「月影広場」から北西を望む。奥は比良山地

◎徒歩約4分
堅田駅から大阪駅へは新快速で50 分、京都駅へ20 分。大阪−敦賀間の特急サンダーバードも1 日上下各3 本停車する
西

堅田駅から大阪駅へは新快速で50 分、京都駅へ20 分。大阪−敦賀間の特急サンダーバードも1 日上下各3 本停車する

◎徒歩約14分
駅前の大型ショッピングセンター
西

駅前の大型ショッピングセンター

◎徒歩約13分
琵琶湖大橋西側交差点にある複合商業施設
北北西

琵琶湖大橋西側交差点にある複合商業施設

◎徒歩約21分
隣郷の真野地区には田園も広がる
北西

隣郷の真野地区には田園も広がる

◎徒歩約20分
平安時代に滋賀郡の郡司を務めた六歌仙の一人、大友(大伴)黒主ゆかりの「大友桜公園」
西

平安時代に滋賀郡の郡司を務めた六歌仙の一人、大友(大伴)黒主ゆかりの「大友桜公園」

◎徒歩20分
堅田駅西側の丘陵地にある県営春日山公園は面積 23.4ha。多目的グラウンド、里山フィールド、古墳ゾーン、万葉ゾーン、近世の苑ゾーン等がある
西

堅田駅西側の丘陵地にある県営春日山公園は面積 23.4ha。多目的グラウンド、里山フィールド、古墳ゾーン、万葉ゾーン、近世の苑ゾーン等がある

◎徒歩約27分
春日山古墳群は、5 世紀に築かれた前方後円墳(全長65m)と総数223 基の後期群集墳(径10〜30m の円墳)からなる
西南

春日山古墳群は、5 世紀に築かれた前方後円墳(全長65m)と総数223 基の後期群集墳(径10〜30m の円墳)からなる

◎徒歩約25分
隣郷の衣川地区にある鞍掛神社。壬申の乱で大海人皇子に敗れた大友皇子(弘文天皇)を祀る。この地の柳の枝に馬鞍を掛けて最期を遂げられた
南西

隣郷の衣川地区にある鞍掛神社。壬申の乱で大海人皇子に敗れた大友皇子(弘文天皇)を祀る。この地の柳の枝に馬鞍を掛けて最期を遂げられた

◎徒歩約25分
江戸時代には4 代将軍家綱のもとで権勢を誇った大老堀田正俊の三男、正高が下野国(栃木県)から転封して1 万石を領した
南

江戸時代には4 代将軍家綱のもとで権勢を誇った大老堀田正俊の三男、正高が下野国(栃木県)から転封して1 万石を領した

◎徒歩約9分

アクセス交通のご案内

湖畔の宿 今富佐

〒520-0242 滋賀県大津市本堅田2-18-12

ご利用時間

チェックイン 〜 / チェックアウト

交通アクセス

JR 京都駅 ⇨ JR 堅田駅(湖西線)新快速 約20分、普通 約30分

JR 堅田駅 ⇨ 湖畔の宿 今富佐 東南(湖方向)へ 徒歩 約14分、タクシー 約3分

※ 宿に駐車場はありません。必要な場合は予約時に申し出てください。近隣で手配します(有料1,000円)